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札幌地方裁判所 昭和31年(行モ)1号 決定

申請人 北海道高等学校長協会・北海道高等学校教職員組合連合会

被申請人 北海道教育委員会

主文

本件申請を却下する。

訴訟費用は申請人らの連帯負担とする。

事実

第一  申請人ら訴訟代理人らは、「被申請人が昭和三十年十二月十二日北海道教育委員会公報をもつて公示した学第三五六号昭和三十一年度道立高等学校入学者選抜要項中、第五項選抜第1号中『高等学校長は在学(または出身)中学校長の提出する報告書に基いて入学者を選抜する』、との部分の執行を本案判決が確定するまで停止する」との決定を求め、その理由として、次のとおり述べた。

一  申請人北海道高等学校長協会(以下単に申請人協会と称する。)は、北海道内の高等学校教育の振興ならびに会員相互の親睦を図ることを目的とする代表者の定のある団体であり、申請人北海道高等学校教職員組合連合会(以下単に申請人組合と称する。)は、北海道高等学校の教職員を構成員とする地方公務員法にもとずく職員団体である。被申請人北海道教育委員会(以下単に被申請人委員会と称する。)は、教育委員会法にもとずく都道府県教育委員会である。

二  およそ、教育行政は国の事務に属し、文部省がその主管庁であることは、文部省設置法第四条に「文部省は、学校教育、学術及び文化の振興及び普及を図ることを任務とし、これらの事項及び宗教に関する国の行政事務を一体的に遂行する責任を負う行政機関である」と定められている点から明らかである。この教育行政の一部である高等学校の入学、退学、転学等については、学校教育法第四十五条に「高等学校に関する入学退学、転学その他必要な事項は監督庁がこれを定める」と規定され、さらに、同法第百六条によつて、そのいわゆる「監督庁」は文部大臣とすることに定められている。同条には、文部大臣は政令によつてこの権限を他の監督庁(都道府県教育委員会等)に委任することができる旨の但書があるが、その委任政令は未だ公布されていない。文部省は、学校教育法にもとずき、文部省令をもつて同法施行規則を設け、その第五十九条第一項で「高等学校の入学は校長がこれを許可する」と定め、その第二項で「入学志願者数が入学定員を超過した場合には、入学者の選抜を行うことができる」旨を定め、学校長に志願者の入学を許可する権限と入学者の選抜を行う権限とを与えた。そして、この施行規則第五十九条第二項にもとずいて学校長の行う入学者の選抜方法については、施行規則では特別の規定を設けなかつたので、選抜方法に関する学校長の自由裁量を承認したものというべく、したがつて、学校長は自由に適当と思う選抜方法を用いることができるわけであるが、この点について、文部省は、従来、その方法を全国的に統一するために、都道府県教育委員会に対する「入学者選抜要項基準通達」という方法を用い、昭和二十九年八月二日付文初中第四三九号初等中等教育局長通達(以下第四三九号通達と称する。)によつてその方法を都道府県教育委員会に指示した。選抜方法の決定は文部大臣の権限であるため、第四三九号通達以前にも、昭和二十六年九月十一日の通達があつたが、第四三九号通達はこれを改めたものである。このことは、前述した通り、文部省設置法第四条において、文部省が教育に関する「国の行政事務を一体的に遂行する責任を負う行政機関である」と定めた点からしても当然のことである。右第四三九号通達によれば、その2で「入学志願者が募集人員を超過し、入学者選抜のために学力検査の必要ある場合は、志願者に対し行うことができる」として、志願先の高等学校長が学力検査を行うことができることを示し、また、その10で「学力検査を実施した場合には報告書と学力検査の成績とを資料として選抜を行う」として、公正妥当な、しかも極めて合理的な選抜方法を指示している。

三  右第四三九号通達は被申請人委員会にも到達したので、被申請人委員会は右通達を実施しなければならなかつたのにもかかわらず、昭和三十年度の入学者選抜について、高等学校長は中学校長の報告書のみによつて選抜を行い、学力検査は行つてはならない旨の選抜要項を定め、第四三九号通達の趣旨を全然無視する態度に出たので、申請人協会および申請人組合は被申請人委会員の非を追及し、その反省を求めて紛争に入つたのであるが、昭和三十年二月十七日、申請外高校PTAの斡旋努力によつて、申請人協会、申請人組合、申請外高校PTAおよび被申請人委員会の四者の間に次のような協定が成立した。すなわち

(1)  答案は直ちに管理委員会に送るが、指導助言の必要上、利用ののちは中学校へ返す。

(2)  採点の結果一覧表は合否発表までは、その内容をもらしてはいけない。

(3)  今回の選抜要項の実施にあたり種々の事情から受験生、父兄、道民各位に不安の念を抱かせたことを甚だ遺憾とする。

(4)  三十一年度以降の高校入学者選抜については一層公正妥当な選抜の実施に最善の努力をする。

(5)  高校PTA会の努力と関係教職員各位の理解、協力により円満実施の運びに至つたことは感謝に堪えない。

右のうち、第四項の趣旨は、昭和三十一年度以降は第四三九号通達に則つて高等学校長に学力検査と報告書によつて選抜を行わしめるという趣旨であるが、被申請人委員会から、書面上の表現は抽象的にしてほしいとの要求があつたので、申請人組合、申請人協会および訴外高校PTAもこれを承認し、四者間に協定文書を作成し、協定条項を一般に公表した。

四  かくして、昭和三十年秋、昭和三十一年度の道立高等学校の入学者選抜要項の決定の時期に至るや、申請人らは、被申請人委員会が右のいわゆる四者協定の第四項を忠実に履行し、第四三九号通達の趣旨を実行するものと信じていたところ、被申請人委員会は右協定を無視し、第四三九号通達に背反する昭和三十一年度道立高等学校入学者選抜要項を定め、昭和三十年十二月十二日北海道教育委員会公報をもつて公示したのである。

すなわち、この要項によれば、その第五項第1号において「高等学校長は、在学(または出身)中学校長の提出する報告書に基いて入学者を選抜する」と定めて、入学者を選抜するには、中学校長の提出する報告書のみによつて選抜すべき旨、したがつて学力検査は行つてはならない旨を命じたのであつて、第四三九号通達とはこの二点において全く反対の趣旨を命じたことになる。前述の昭和三十年度の入学者選抜要項決定の際、申請人協会および申請人組合が涙を呑んで第四三九号通達に背反する被申請人委員会の入学者選抜要項にしたがつたゆえんのものは、昭和三十一年度は必ず第四三九号通達のとおりに選抜方法を決定するとの四者協定を、被申請人委員会が確実に履行するものと信じたからにほかならない。しかも、この協定は一種の公法上の契約であり、申請人らは、被申請人委員会に対してその履行を求める契約上の権利を持つものであり、これを履行されなかつたことによつてその権利を侵害されたものであることが明らかである。

五  しかのみならず、本件昭和三十一年度道立高等学校入学者選抜要項決定には、次のような違法がある。

(一)  文部省の第四三九号通達違反

第一項において述べたように、高等学校の入学者選抜権は高等学校長にあるが、選抜方法の決定権は文部大臣に留保され、未だ被申請人委員会に委任する政令は公布されていない。さればこそ文部省が、入学者選抜方法について詳細な通達を行つているのである。被申請人委員会は、選抜方法の決定権は被申請人委員会に属し、第四三九号通達は単なる指導、助言であるから、このようなものには拘束力がないという解釈を行つているが、これは独善的で全く誤つた見解である。

およそ「通達」なるものは、通達を発する行政機関の所管事務について下級機関に対して遵守すべき事項を指示する場合に用いるものであつて、単なる指導、助言に過ぎない場合に用いる方法ではない。しかも指導、助言は、それを受ける行政庁の所管事務について行うものではない。文部省設置法第五条に指導助言が規定されて、その第十九号に、地方公共団体および教育委員会等に対して、行政の組織、運営について指導、助言および勧告を与えることができることになつているが、同条本文において、この指導助言は「法律(これに基く命令を含む)に従つてなされなければならない」とされている。被申請人委員会が第四三九号通達が単なる指導、助言であると主張するならば、右通達は一体いかなる法令にしたがつて行われたものというのであろうか、要するに、第四三九号通達は決して単なる指導、助言ではなく、文部大臣の所管行政事務に属する高校入学者選抜方法を示し、その実施方を指示したのであつて、被申請人委員会はその指示に従わなければならないのである。もしも、被申請人委員会がその指示と相反する行為に出たならば、その行為はなんら権限のないものの行為であつて、違法かつ無効のものといわなければならない。しかるに被申請人委員会は、前述のように第四三九号通達と背反する選抜方法を高等学校長に対して指示したのであつて、正に無権限の指示であり、違法の措置であることを免かれない。

(二)  教育の機会均等無視の違法

教育基本法第三条によれば「すべて国民はひとしく、その能力に応ずる教育を受ける機会を与えられなければならないのであつて、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によつて、教育上差別されない」と定められているが、被申請人委員会が、昭和三十年十二月十二日に公示した本件選抜要項第五項1の但書によれば、私立中学校在学者および過年度卒業生については学力検査を行い、その結果と報告書により選抜を行うことになつている。これは正に右両者を公立中学校在学者と差別した取扱であつて「ひとしく能力に応ずる教育を受ける機会」を与えない措置であり、違法といわなければならない。

六  以上の理由により、申請人らは被申請人委員会を相手方とし、本件選抜要項中、第五項選抜第1中、「高等学校長は在学(または出身)中学校長の提出する報告書にもとずいて入学者を選抜する」との部分の取消しを求めて訴を提起し、右訴は札幌地方裁判所昭和三十一年(行)第一号道立高等学校入学者選抜要項取消請求事件として同裁判所に係属したが、本件選抜要項によれば、昭和三十一年一月二十一日から願書の受付を開始し、同年三月中には選抜を終了することになつているので、申請人らの提起した本訴の確定を持つにおいては、たとえ申請人らが後日勝訴の判決を得ても入学者選抜は終了し、訴訟の目的を達することができなくなることが明白であるばかりでなく、申請人らは償うことのできない損害を被るおそれがある。すなわち、本件選抜要項がそのまま実施されることになると、高等学校長にはなんら直接の選抜審査を行う機会がなく、実質的な審査は全く行い得ないことになり、その結果は、入学の能力のある者が落ち、入学能力のない者が入学するという結果を生じ、それ自体高等学校教育の振興上償うべからざる損害であるのみならず、一般世人から高等学校に対して不信と疑惑の目を向けられ、高等学校教育に対する社会の信頼を失う結果を生ずるに至る。このことは正に本件選抜要項の実施が停止されないことによつて生ずる公共の福祉の阻害である。

また、本件選抜要項は、選抜に当り中学校長の決定に従えということであつて、実質的な選抜権を高等学校長から奪うことになるのみならず、良心的な入学選抜を行おうとする途を閉じ、高等学校長始め、高等学校教職員の教育に対する勤労意欲を低下させ、高等学校教有の沈滞を生じさせる結果を生ずることは火を見るより明らかである。

さらに、申請人らにとつては四者協定がへいりのごとく捨てられ、そのままなんらの法的保護を受けられないということは、協会又は組合内部における重大な批判を惹起し協会または組合の分裂という最悪の事態を招来する危険に陥ち入つているものである。

以上のような事由により申請人協会及び申請人組合はそれぞれ本件要項の執行により償うべからざる損害を被ることならびに本件要項の執行停止を求める緊急性があることが明白である。

第二  被申請人訴訟代理人らは、主文第一、二項同旨の裁判を求め、答弁として、次のとおり述べた。

一  申請人らの本訴請求は次の理由によつて不適法であるから、本件申請も不適法として却下を免れないものである。

(一)  申請人協会は、訴訟法上当事者能力を欠くものである。

(二)  違法な行政処分の取消または変更を求める訴の当事者は、行政処分の相手方であるか、またはその処分によつて権利を害される等処分の取消変更につき具体的な利益を有するものでなければならない。本件通達は、各道立高等学校長に対してされたものである。したがつて、その実施には右学校長が当るのであつて、申請人らは、入学者選抜を実施しまたはその実施を受けるものでもなく、これに関しなんら具体的な利益を有するものではないから当事者適格がない。

(三)  本件執行停止の客体は行政処分ではない。行政処分とは、行政庁のする公法上の法律行為であつて、特定の事件について法規に基いて権利を設定しまたは義務を命ずる行為その他法律上の効果を生ずる行為をいうのである。しかしながら、本件執行停止の客体は、被申請人委員会教育長から、被申請人委員会の各地方事務局長ならびに各道立高等学校長に対してされた通達であつて、上級庁から下級庁に対する指示に過ぎず、行政機関相互の内部関係に属する事項であつて、直接第三者に具体的効果を及ぼすものではないから、右趣旨の行政処分とはいうことができない。したがつて、行政訴訟によつてその取消を裁判所に求めることは許されない。

(四)  仮りに、本件選抜方法の決定が行政処分であるとしても、それは被申請人委員会の自由裁量に属する処分であるから、その取消変更を求めるために行政訴訟を提起することは許されない。

二  仮りに、右主張が容れられず、申請人らの本訴が適法であるとしても、本件申請は、次の理由によつて却下されるべきものである。先ず、申請人らの主張事実について答弁するに、

第一項は全部

第二項のうち 学校教育法第四十九条、第百六条に規定する「監督庁」について委任政令が未だ公布されていないこと、文部省が都道府県教育委員会に対する「入学者選抜要項基準通達」という方法を用い、第四三九号通達によつてその方法を都道府県教育委員会に対して指示し、右第四三九号通達以前にも昭和二十六年九月十一日の通達があつたこと、第四三九号通達の2および10には申請人ら主張のとおりの記載があること。

第三項のうち 第四三九号通達が被申請人委員会にも到達したこと、被申請人委員会が、昭和三十一年度の入学者選抜について高等学校長は中学校長の報告書のみによつて選抜を行い、学力検査を行つてはならない旨の選抜要項を定めたこと、被申請人委員会と申請人らとの間に、申請人ら主張の日時その主張の(1)ないし(5)の事項についていわゆる四者協定が成立したこと。

第四項のうち 被申請人委員会が、昭和三十一年度道立高等学校入学者選抜要項を定め、これを昭和三十年十二月十二日北海道教育委員会公報をもつて公示したこと、その第五項第1号において、申請人ら主張のとおり、入学者選抜方法は中学校長の提出する報告書のみによつて行い、高等学校長が学力検査を行つてはならない旨定められていること。

第六項のうち 本件選抜要項は、昭和三十一年一月二十一日から願書の受付を開始し、同年三月中には選抜を終了すべきことを定めていること

はいずれもこれを認めるが、その余の主張事実は全部これを否認する。

(一)  文部省の第四三九号通達の効力について

そもそも学校の管理は、その学校を設置した者が行うのが原則である(学校教育法第五条)。本件紛争の客体である学校は北海道立の高等学校であるから、その管理は北海道がすべきである。このことは地方自治法第二条第二項および第三項第五号に徴して明らかである。しかし、右事務の実施は、教育委員会法第四条および第四十九条により被申請人委員会が行うことになつている。なるほど、文部省設置法第四条は「文部省は学校教育、社会教育、学術及び文化の振興及び普及を図ることを任務とし、これらの事項及び宗教に関する国の行政事務を一体的に遂行する責任を負う行政機関である」と定めているが、その具体的な権限としては、同法第五条第十九号には「地方公共団体及び教育委員会、都道府県知事その他の地方公共団体の機関に対し、教育、学術、文化及び宗教に関する行政の組織及び運営について指導助言及び勧告を与えること」と定められており、文部省が地方公共団体設置の学校の行政事務を行う趣旨のものではない。すなわち、学校教育法第四十九条に高等学校に関する入学等に関する事項は監督庁が定めると規定し、また同法第百六条に右監督庁は当分の間文部大臣とする旨の定めがあるが、文部大臣は未だ入学者選抜の方法についてはなんらの規則をも制定していないのであるから、この権限は、学校教育法が設置者管理主義の原則を強く掲げている点にかんがみ、当然管理者に保有されているものである。したがつて、この権限は、本来管理者に属するものであるから、これに対して文部大臣が別段権限を委任する旨の委任政令を必要としないものであることも自明のことである。また、学校教育法施行規則第五十九条の「入学は、校長が許可する」または「入学者の選抜を行うことができる」との規定は、この部分については管理者の権限を文部大臣が引き上げてこれを学校長に対して法定委任したものとも考えることができる。しかし、この選抜権の中には、選抜方法の決定権を含まず、その決定権が管理者にあることは、昭和二十七年兵庫県の伺に対する右趣旨の文部省の有権解釈によつても明らかなところである。したがつて、第四三九号通達の性格は、昭和三十年二月一日付文部省初中局長の回答に明らかなように、学校教育法第四十九条にもとずく委任規定ではなく、文部省設置法第五条第十九号にもとずく指導、助言であつて、申請人ら主張のように法的に強い拘束力を有するものではない。このことは、また、教育委員会法第五十五条第二項に、法律に別段の定がある場合の外、文部大臣は都道府県委員会に対し行政庁運営上指揮監督をしてはならない旨の規定のあることからしても当然のことである。しかも被申請人委員会の本件措置は、第四三九号通達に反するものではないのであつて、昭和二十六年九月十一日付文部省文初中第六六〇号通達と全く同趣旨の措置である。また、右第六六〇号通達は、第四三九号通達によつて改められたものではない。すなわち、右第六六〇号通達は、選抜についての根本精神とその方法を定めているものであり、これを大綱として第四三九号通達が示されているのであつて、前者の根本精神が後者によつて改められたものでないことは言をまたないところである。

(二)  いわゆる「四者協定」について

四者協定が成立する経過中において、申請人組合から、昭和三十一年度以降は高等学校長に学力検査と中学校長から提出された報告書とによつて選抜させる権限を与えるよう一応の主張があつたが、被申請人委員会から出席した委員はこれを拒否したため、互譲の結果申請人ら主張のような協定が成立したのである。しかして、右協定の趣旨は、文言どおりのものであり、また、これを公文書にして保存するような措置はとられず、一部の新聞紙に掲載されたのみで、特に公表されることもなかつたものである。しかるに申請人らは、四者協定をその文言どおりに解釈しないで、右第四項の意味は、中学校長からの報告書と高等学校で行う学力検査とにより選抜を行うことを意味するものであると、自己に有利に解釈している。換言すれば、申請人らは、右第四項の文言以外に、右のような「含み」があるものであると主張するが、前述のとおりそのような「含み」は全く存在しなかつたものである。したがつて、右第四項は、選抜方法に関する被申請人委員会の今後とろうとする手段を抽象的に表明したものであり、被申請人委員会はこの線に副つて努力してきたものであるから、申請人らが主張するような義務不履行の事実もなければ、申請人らの権利を侵害した事実も存在しない。

なお、申請人らは、右協定は一種の公法上の契約であるとしているが、およそ公法上の契約とは、公法上の効果の発生を目的とする契約であつて、特に法令によつて認められた場合にのみその締結が許されるのである。しかるに右協定はなんら法令によつて認められた根拠を有しないものであるから、公法上の契約とはいいがたく、したがつて公法上の契約違反という主張は理由のないものである。

(三)  教育の機会均等無視という点について

選抜にあたつて公平であるべきは当然であるが、このことは、あらゆるものが形式的にもすべて同一であるべきであり、いささかの例外をも許さないということではなく、たとえば、特定の身体的条件の者に対して特定の検査を施行すること、特別の経歴を有する者に特別の検査を施行すること、あるいは特別の地域の者に対して検査場を特設することなどは、実際上ありうる必要な措置である。学力検査が、同一期日に同一問題により同一基準をもつて行われる場合には、単に検査場が異なるの故をもつて差別的取扱をしたということにはならない。したがつて、私立中学校在学者および過年度卒業生について行つている選抜方法は、なんら教育基本法第三条に抵触するものでなく、かつ、教育の機会均等の権利を奪うものではない。

(四)  「償うことのできない損害」について

申請人らには、本件執行停止命令をうることができなければ、償うことのできない損害を招来する虞があると主張するが、この償うことのできない損害とは、行政処分による、社会常識上一般に通常人の通常の手段によつては到底回復の至難な打撃または経済上異常な犠牲を払わなければ回復または補償することができない損害をいうのであつて、申請人協会および申請人組合が主張する損害は右の意味の損害とはいいがたいから、本件執行停止は許すべからざるものと思料する。

(五)  本件処分の執行停止は、公共の福祉に重大な影響を及ぼすことについて

万が一、本件処分の執行を停止し、今後新たな選抜方法を定めてそれを実施するならば、時間的にも技術的にも誠に困難な問題を生ずる。すなわち、本件選抜方法では、北海道学力検査と高等学校で実施する過年度卒業者らに対する学力検査との検査問題は同一のものであり、この問題の原稿の作成は既に昭和三十一年一月十九日に完了した。その印刷は東京において行い、これについて大蔵省と同年一月二十一日に契約がとりかわされるものである。この問題用紙は約十二万部が見込まれ、そのうち各市町村教育委員会の分が約十一万部となつている。この検査用紙の各市町村教育委員会から末端の各中学校に搬入される日数を見積つて、東京からの発送期日を同年二月十日から十五日にしている。この日程は、冬期間の不順な天候による郵送関係を考慮した最少限度のものであり、これ以上延期することのできないものである。

さらに、他の選抜方法によるとすると、学力検査の実施方法については次のような支障がある。

(1) 他の学力検査問題を作り、約六万部の検査用紙を印刷し、これを高等学校に配布するについては、少くとも学力検査の実施は新年度に入つた四月に行われることになり、父兄、志願者に与える混乱は頗る大きい。

(2) 次に、現在の検査問題を新たな選抜方法の学力検査に振り向けるとするならば、印刷中の用紙のうち約六万部は不用となり、経済上重大な支障を来たし、その上各市町村教育委員会に対しては、本件選抜方法の実施について北海道学力検査を三月五日に実施するよう協力を求め、ようやく協議が成立した事項であるから、それを改めることはその信義を破ることとなり、今後の行政上重大な支障を来たすこととなる。

(3) また、この学力検査を実施するのに、志願者を高等学校に、非志願者を中学校に分けて実施する方法も考えられるが、これに対しては各市町村教育委員会、全道中学校および父兄、志願者に非常な混乱を与えることになる。

(4) さらに、現検査用紙を市町村教育委員会に約束通り渡し、各高等学校に独自に検査問題を作成させて検査を実施するならば、三月五日には各市町村教育委員会が、さらに三月十二日以降においては高等学校が学力検査を実施することとなり、旬日の間に同様な趣旨の学力検査を二度も受けるという事態の発生が予想される。

これらは、志願者、父兄にとつて全く好ましくない事態であつて、このような紛争を見聞して志願者、父兄が日夜不安の念を抱いている今日、さらに一旦決定されて選抜方法の実施が停止されることになれば志願者およびその父兄に与える精神的不安動揺は誠に言語に絶するものがあるというべく、正に公共の福祉に重大な影響をおよぼす場合に該当するから本件申請は許されないものである。

これを要するに、申請人らの本訴は不適法であるから、不適法な本訴を前提とする本件申請は却下を免かれないものであり、仮りに本訴が適法であるとしても、右本訴の請求は到底理由ありとは見えず、かつ本件処分の執行により申請人らの被る損害が認められない上に、本件処分の執行を停止することは、かえつて公共の福祉に重大な影響があるというべきであるから、以上いずれの理由によつても本件申請は許さるべきではない。

第三  申請人ら訴訟代理人らは、被申請人委員会の主張に対し、次のとおり述べた。

被申請人委員会は、申請人協会が当事者能力を欠くと主張するが、同協会は法人に非ざる社団であつて、代表者の定のあるものであるから、行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第四十六条によつて当事者能力を有する。

被申請人委員会は、申請人らが本件行政処分の当事者でないから当事者適格がなく、また、これを争う法律上の利益を有しないと主張する。しかし、申請人協会は、道内の高等学校長をもつて組織し、高等学校教育の振興ならびに会員相互の親睦を目的とし、この目的を実現するための事業を行うこととなつている。また申請人組合は「教育の自主権確立と民主化を期する、六三三四の教育圏の中核となり学校教育の振興を図る」その他二項を綱領とし、「待遇ならびに労働条件の向上、改善を期すること、教育行政、学校運営の民主化に関すること、その他連合会の目的を達するに必要な事項」等をその事業としている。したがつて四者協定を締結したことは、右協定の内容によつても明らかなように、正に申請人らの各目的、事業の範囲に属する事項なのである。しかして右協定の性質は、いわゆる公法上の契約であつて、講学上公法上の契約は、これを禁止する制定法の存在しない限り、たとえ積極的にこれを認める規定がなくとも契約の形式をもつて公法関係を規律しうるものとされている。そして右協定の締結を禁止する規定は存しない。そうであつてみれば右協定の有効であることに疑がない。さればこそ、被申請人委員会においても、昭和三十年度の入学者選抜はこの種の契約に基いて実施したのである。しかるに、昭和三十一年度に至り、被申請人委員会は前述のとおり右協定に違反したのであるから、このような場合においては、協定の当事者である申請人らは本件訴訟の当事者適格を有するものである。また、申請人組合は、地方公務員法第五十五条第一項に定めるところの登録を受けた職員団体であるが職員の給与、勤務時間その他の勤務条件に関して当該地方公共団体の当局との間に協定を結ぶことができることになつており、これにもとずいて当局である被申請人委員会と交渉し、右協定を締結したものである。しかも同条において、この協定に関して当事者双方は誠意と責任をもつて履行に当らなければならないことが要求されているのにかかわらず、被申請人委員会がこれを履行することなく、かえつて協定破壊の行為に出たのであるから、この点からいつても申請人組合は本件訴訟の当事者適格を有するものである。なお、旧行政裁判法においては、権利侵害をもつて訴提起の要件としていたが、行政事件訴訟特例法においてはこれを要件としていない、実体上権利侵害がなくても、違法処分の取消を求める利益があれば、それによつて起訴要件は具備されるのであるから、申請人らは本件訴訟の当事者適格を有する。

被申請人委員会は、本件執行停止の客体が行政処分でないと主張するが、本件選抜要項は、それにより一般国民や申請人らに右要項の選抜方法にしたがはせる効果を生ぜしめようとするものであるから、一種の行政処分である。

被申請人委員会は、本件執行停止の客体が仮りに行政処分であるとしても、それは被申請人委員会の自由裁量行為に属すると主張するが、前述のとおり入学者選抜方法の決定権は文部大臣に属するものであるから、被申請人委員会の右主張は失当である。さらに、被申請人委員会の発した本件選抜要項は、高等学校長の入学者選抜権の行使を制限し、その権利または自由をはく奪する行為であるばかりでなく、一般国民をも拘束するものであるから、その点からしても自由裁量行為ではない。

第四  (疎明省略)

理由

被申請人委員会が、昭和三十一年度道立高等学校入学者選抜要項を決定し、右要項を昭和三十年十二月十二日北海道教育委員会公報をもつて公示し、右公示によつて各道立高等学校長あてに通達したことおよび右要項第五項第1号において「高等学校長は在学(または出身)中学校長の提出する報告書に基いて入学者を選抜する」と定め、入学者を選抜するには中学校長の提出する報告書のみによつて選抜すべき旨、したがつて高校長において学力検査は行つてはならない旨を命じたことは、当事者間に争いがない。

学校教育法第五条、地方自治法第二条第二項第三項、教育委員会法第四条第一項、第四十九条によれば、各道立高等学校長は被申請人委員会の監督下にあるものであり、被申請人委員会は各道立高等学校長の直接上級行政庁であり、各道立高等学校長は被申請人委員会の直接下級行政庁である。

成立に争いのない疎甲第五号証、疎乙第二ないし第六号証、証人小林民治、同牧野徹夫の各証言および被申請人委員木呂子敏彦、同水島ヒサの各供述を総合すれば、被申請人委員会が本件選抜要項を定めてこれを各道立高等学校長あてに通達した本件処分は、教育行政における上級行政庁たる被申請人委員会が、その下級行政庁たる各道立高等学校長に対し、学校長がその選抜権(選抜権が高等学校長に存することは学校教育法施行規則第五十九条の規定によつて明らかである。)にもとずいて行う入学志願者選抜について、その選抜方法の基準を決定して指示したものであることが一応認められる。この選抜方法の決定権が、学校教育法第四十九条、第百六条によつて文部大臣に属するか、あるいは被申請人委員会の主張するような理由によつて被申請人委員会に属するものであるかはしばらくおき、右選抜方法を決定し公示した本件処分は、国民を対象として国民に対する行政権の直接的発動としてなされたものではない。もとより裁判所法第三条第一項は「裁判所は、日本国憲法に特別の定のある場合を除いて一切の法律上の争訟を裁判し、その他法律において特に定める権限を有する。」と規定しているけれども、このように行政庁内部の上下系統における上級行政庁の下級行政庁に対する権限行使につき、当該下級行政庁が上級行政庁の権限行使を越権行為ないし権限濫用とし、その他違法もしくは妥当を欠くものであるとしてこれに服せず、そのために当該下級行政庁の権限が侵害されたものとして行政訴訟によつて司法審査を求め、裁判所がまたその適法違法を判断して違法とする場合に取り消し、あるいは無効を確認することになれば、行政組織内部の上下系統における上下両庁間の行政権の運用は、すべて司法権によつて制約され、行政機能は重大な阻害を受けることになる。故にかかる場合の紛議は、法律において特に裁判所に審査権限を明定しない限り、行政庁みずからが行政の自律作用として解決すべきであつて、当該下級行政庁のみならず、利害関係のあるなに人といえどもかかる処分につき裁判所に出訴してその救済を求めることは許されないと解するのが相当である。

しかして、本件処分についての審査権限を裁判所に与える法律上の明文の存在しないことは明白なところであるから、仮りに、被申請人委員会のした本件処分に申請人らの主張するような違法があり、あるいはその法的効果によつてその主張のように高校長の選抜権ないし利益が侵害されるものであるとしても、また、因つて生ずべき償うことのできない損害を避けるため緊急の必要があるとしても、それについての争いは、究極において権限のある上級行政庁がその責任において適切迅速に解決調整を図るべき事柄であるというほかはなく、およそ司法審査に服する事項ではないといわなければならない。まして、申請人らは被申請人委員会に対して上下の関係に立つ下級行政庁そのものではないから、既に司法審査の対象外にある本件処分に対しては、申請人らのいかなる権利ないし利益が侵害され、また因つて生ずる損害が償うことができず、執行停止の必要がいかに緊急であろうとも、出訴による救済を求めるに由ないものといわなければならない。

これを要するに三権分立の基本原則ならびに行政庁相互間の行政機能についての条理に照し裁判所法第三条第一項の規定は本件のような争訟を除外しており、本件処分は行政事件訴訟特例法にいわゆる「行政庁の処分」に該当しないものであつて裁判所にその裁判権がないと解するのが相当であるから、その取消を求める申請人らの本案訴訟はこの点において不適法な訴というほかはなく本案が不適法な訴であると一応判断される以上、右訴訟の適法を前提として行政処分の執行停止を求める本件申請は理由がないものとして却下を免がれないものである。

よつて爾余の点についての判断をまつまでもなく、本件申請は理由がないものであるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十三条を適用した上、主文のとおり決定する次第である。

(裁判官 立岡安正 吉田良正 石垣光雄)

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